2009年12月19日

白虎隊の舞台

白虎隊を知るには
先ずは会津藩について知っておく必要がある。
会津藩を知れば、白虎隊の悲劇は、さらに悲劇の物語である事が分るから。

うんじゃ始めるよぉ〜っexclamation
先ずは場所だ・・・会津の国がどこにあるか知ってますか?
現在の何県でしょう?
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東北地方・福島県です。exclamation

会津藩は徳川2代将軍 秀忠の3男、保名正之 ( ほしな まさゆき ) から始まり、
寛永20年(1643)から慶応4年(1868)までの225年間、松平氏が9代(10代説あり)
に渉り藩主を勤めました。

徳川秀忠の3男だった保名正之は「会津家訓」を作りましたが、この「家訓」には

「大君の儀一心大切に忠勤を存ずべく・・・・」 とあり

つまり徳川幕府 に対しての忠誠と 天皇 に対する忠誠が綴られていました。
歴代の藩主はこの教えを忠実に守って来たのです。
この「家訓」こそが会津藩の姿勢でした。
そしてそれが後に、戊辰戦争の時には
悲劇を生む大きな理由となるのです。
とても皮肉な結果です。

最も悲運な藩主として知られるのが9代藩主 松平容保(かたもり)です。
次回はこの松平容保について書きます。
posted by KANCHI at 00:40| 白虎隊の基礎知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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